脳幹出血 闘病体験記

突然意識不明に




 小生が倒れたころの人生は会社ではいわゆる中間管理職で体中がストレスの塊で、私生活では商工会やその他の会に入り地元の活性化のために活動をしていたその中のいくつかの会では会長をしていたので毎晩のように会議々で多忙な日々でこちらでも体中ストレスの塊だった。唯一のストレス解消はお決まりの酒を飲むことだが商工会などの飲み会や仕事での飲み会は余計にストレスを感じていた。

 何も無い夜に仕事も商工会なども関係の無い飲み屋だけの付き合いの連中との飲みながらの会話が一番楽しかったのです。そんな不摂生な人生を何事も無く送っていたある日・・・・・

 2003年6月10日、6月というのにとても暑い日の午前01時過ぎ、小生は仕事の関係者と繁華街へ飲みに行きタクシーで帰宅したのがその位の時間だったと思う。この日は本当に6月にしてはやけに暑かったので「少し飲み過ぎたかな?」と思った程度だったが、だんだん今までに経験した事のない様な耐える事の出来ない痛みに替わり倒れこんだ。

 そのまま声も出せなかったがやっとの思いで、2階に寝ている妻に「お〜い、救急車呼んでくれ」と出来るだけ大きな声で叫んだ、と言うのも 午前02時前普通は就寝中なのでとっさに大声を出していた。案の定、妻達も就寝中だったが小生の非常識な叫び声に目を覚ました。気が付かなかったら小生は翌朝冷たくなっていただろう。(今も妻から「今、生きているのは誰のお陰」とからかわれる)
 
 2階から妻が降りてきた時は既に小生は自分で動かせる所はどうにか首だけだった。その姿を見た妻は慌てて119番をまわし隣に住んでいる小生の母親を呼びに走った、始めに母が飛んできて小生を抱きかかえたがその時の小生は意識も朦朧としてきた。

 それからそう10分ほどした時救急隊員の声がして小生をストレチャーの乗せてくれた、隊員が小生の気道を確保されたが、そこで意識を失った。
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