脳幹出血 闘病体験記

身体障害者更生施設




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 半年間の入院生活の後この施設に入所した正式名は○○○リハビリテーションセンター重度身体障害者更生施設である。まずは入所した日は身体測定、CT レントゲン 採血など一通りの検査があった。その後に施設担当の看護師からこれからの生活についての話し、食事の種類(嚥下食、減塩食、普通食)などの説明等がある。

 入所した日は館内の説明、PTによる身体能力検査、明日からのこの施設での生活についてのオリエンテーション、「ここは施設です、病院ではないのでそのつもりで行動する様に」と何度も言われた。ここ言葉の意味するものはここでの生活の中で理解出来るようになる。取り合えず明日からの日課表を貰い前日入所したTさんと雑談をする。 部屋は4人部屋だ、まだみんな入所して2〜3ケ月と新人だった。

 これも後で分かるんだが二人は高度の「高次脳機能障害」で内一人は危害はなかったがもう一人は喧嘩はするは、部屋の決まりは守らないは、部屋の中や建物の中にガムを出すし、5分おきに歯を磨くし 5分おきに髭を剃るし、まだ書ききれないのでこの辺で一つ言える事は幼稚園児よりも悪かった。半年目には暴力事件を起こして強制退所をさせられた。いよいよ明日からここの正式な生活だ、日課表は1限目:自主訓練のリハビリ2〜4限目職能訓練3時半には予定が終わり生活の時間だ。小生は職能訓練は「手工芸」と「パソコン」「農園芸」を選択した。

 この施設の名前がリハビリセンターなので朝から夜までリハビリがあり少しでも体の回復があるんだろうと思っていたら(10日位過ぎた頃に気づいたが)リハビリなんか機械だけの自主訓練でくだらない職能訓練が主体だった。一応、他の階は病院なのだが入院患者には至れり尽くせりのリハビリがあったが更生施設の僕たちには何も無くまるで刑務所に入ったようだった。更生施設と言う名の様にここは体を良くするのではな障害を持っての生活を上手に送れるようにする事が目的の様だ 。
 
 小生は夕方6時の食事が終わると8時には床に着き眠り朝4時には起床して食堂や1〜3階をうろうろと歩行訓練をした。こうでもしないとくだらない職能訓練で自分のリハビリが出来なかった。一度ここの支援員に「このままでは車椅子になるのでちゃんとリハビリをして欲しい」と話したが「急性期を過ぎた人間に自主訓練でもリハビリがあるだけ幸せだ」と無視された。ただ刑務所の事はわからないが、忘年会、焼肉大会、体育祭、カラオケ大会、フェスタなどが職員により企画された。

 この時は医者の許可があればアルコールも飲めた、小生は飲もうとも思わなかったが。  この施設で一番嫌で、屈辱を感じた事は時々われわれが職能訓練をしている時に何処かのPTAの文化部の様な父兄が見学に来る事だ、小生たちも病気などでしょうがなくこのような事をさせられているのにそれをPTAの親たちが見学して今晩の食卓の話題に成るんだ、この時が絶対に嫌だった。まるで見せ物小屋のパンダだった。見せ物になる事がいかに屈辱かその事を職員に訴えたが会社の方針なので嫌なら出て行けと無視された。出て行けと言われたら身障者の僕たちは行く所がないので、我慢した。(小生は新聞にここの実態を投書しようとまで思った)

  月に一度は避難訓練があった訓練の時は装具を付けているが就寝時は装具を外しているので非難は出来るわけがない。身障者の利用者80人で宿直は職員1人だから物理的に自分が逃げるので精一杯だと思うので、訓練など無意味だが消防法でしなければいけないのだ。

 小生のこの施設での朝は洗濯から始まる、洗濯機の使用は起床時間の7時からと決まっている。洗濯は溜まると嫌なので靴下だけでも毎朝した。片手なので干す時に洗濯物を口にくわえて挟むので大変だった。

 半年が過ぎる頃面会の方が沢山来るようになった。この様な施設の中では小生は軽度の方なので皆が「お前より悪い奴が沢山居るけど良い方だな」と言われたが、人のことはどうでも良かった。人がどうであれ僕はこのような身障者なんだ。と思った。 ここでの生活を書くと止め処なく続くので書きたい事はまだ沢山あるがこの辺でまとめる事にする。

 この施設の半分が脳血管障害で後は脊椎損傷、脳性麻痺ともろもろだった。前項で少し紹介したが脳血管障害のまた半分は高次脳機能障害で大変だった。小生は高次脳機能障害を理解していたがそうでない脊損等の人は「ここは精神病院だ」と言っていた。それほどそう言った方との共同生活は大変だと言う事だ。 こう言った施設も一生居るわけもいかなくてここから授産施設、他の更生施設療護施設へと移って行った。

 小生も入所1年になる頃から小生の退所の話しがで始めた。  何日も家族と職員と私と話し合い自宅を若干リフォームして帰る事となった退所の日が決まり4人部屋から1人部屋へと移ったそうなるとなかなか快適な残り生活だった。そうして無事に退所の日を迎えた。

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